こんちわ、おいさんだよ。
キミは西洋思想を説明できるかい?
西洋思想?
しそうってなあに?
ポポポ!
日本人は東洋の思想はなんとなく漠然と理解しているのじゃろうが、
明治維新以降、西洋思想と言ってもピンとこないかもしれんなぁ。
まあ哲学とかそっちの方は難しいよな。
そこで今回はこれを読んでおけば西洋を理解する上で非常に役立つ良書、そこで今回は「齋藤孝のざっくり!西洋思想」をご紹介するのじゃ!
前回まではこちら
憲法改正のためのマニュアル?という話(*´ω`*)
齋藤孝のざっくり!西洋思想
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前回が宗教なら、今回は哲学がテーマになっている。
この「齋藤孝のざっくり!西洋思想」では西洋の賢人・アリストテレス、プラトン、ソクラテス、カント、デカルト、ニーチェなど数々の哲学者たちが、その時代にどういった思想を展開していったかを時代にそって事細かに解説してくれる。
こうして本書を読んでみると、西洋人はすごい思考をしていたんだなぁ・・・(;´∀`)
ワシら日本人は西洋人と比べると思考がやや曖昧である。
日本人はやはり曖昧さを好む民族なんだろう。
しかし、西洋人は昔からロジカルに緻密な思考と言葉を積み重ねて哲学というものを磨いてきた。
これを読んで思ったのは哲学とはやはり男の学問であるということ。
こんな重箱の隅つつくような学問は、女性は嫌うかもしれない。
というか、日本人でさえ学ぼうとしてもしんどいのではないだろうか?(そんなことないか?)
欧米人は全てにおいてロジカルに解明しようとこころみる。
そういった考えが近代合理主義を生み自然科学を生み、人類はそうした科学の発展とともに現代まで多大な恩恵を得てきた。それは確かに素晴らしいことだろう。
しかしだからといって、そうした姿勢は全てにおいて優れているわけではない。
それは現代の文明と呼ばれるわしら日本の姿を見ても感じずにはいられないものがある。
また西洋的思考が欧米以外の様々な国の文化や習慣を壊してきたのも事実である。
時に他国の伝統や文化・価値観を封建的なものであるとして、様々な地域で弾圧し、切り捨ててきたりもした。
そうした西洋の他国に対する排外的な姿勢は、第二次大戦中の日本や、現代ならば中東などに今でも行き過ぎた西洋の横暴を見ることができる。
そういう排他的な攻撃性を、西洋の哲学は併せ持つと本書では述べている。これも紛れもない事実だろう。
近代合理主義の弊害
近代合理主義。
それは西洋の考えから生まれた文明という、現代社会に多大な発展をもたらし、さらには古き良き伝統を破壊する「諸刃の剣」でもあるのだろう。
西洋文明は綺羅びやかな発展の歴史とともに、白人以外の人種を蹂躙し搾取してきた暗黒面も併せ持つ。
「奴らと俺たちはちがう。」
この合言葉とともに、白人は19世紀以降、アジアの人間たちを自分たちの思うままにイタズラに傷つけ、搾取してきた。アヘン戦争などがその良い例である。
それが行き過ぎた結果、第二次大戦で欧米列強の仲間入りをした日本ともぶつかりあうことになったのだろう。
そうした西洋の哲学から発展した文明というものは、度々他国の文化や人を平気で傷つける。
ワシはそうした西洋の貪欲な姿勢に、大きな驚異とともに違和感を覚えずにはいられない。
もちろん断っておきたいが、全ての西洋人がそういった考えの人間でないとは思う。しかし印象として、少なくともアメリカ人などは、言葉ですべてを語りたがるように思える。すべてを説明しないと気が済まない。そんな印象だ。
でも、それは不自然じゃないだろうか?
この世には言葉に表せないことだっていっぱいある。
そういったことを感じることも大事なんじゃないだろうか?
惻隠の情とソリの悪い「近代合理主義」
我々日本人が持っていた他人(ひと)を思いやる心「惻隠の情」などは今でも世界に名だたる日本人の誇り、美徳だとわしは思う。
しかし、アリストテレス、プラトン、ソクラテスから始まったロジカルな西洋文明では、そうした「惻隠の情」は育まれない、いや育まれにくいのではないだろうか?
それが第二次大戦に見る、西洋列強の覇権主義、現代の中東などで見られる混沌とした世界情勢からも未だに感じられる。
西洋人は、哲学の発展と文明の進歩とともに、一体なにを学んだのか?本書を読んで、わしはそうしたことに深い興味が湧いた。
そして、東洋は、日本人は何を学ぶべきなのか?
目には見えないあいまいなものを感じる心。
またそうしたものを表現する言葉・文化・習慣。
それがいわゆる和の心というものだろうか?
もしくはいわゆる、えーと……風流ってやつですか?w
そうしたものも決して悪いもんじゃないなぁと、この本を読んで思ったのだった。
まぁそんな「和の精神」なんて、最近はどこ吹く風のようだけど…(;´∀`)