ちわ!ドラねこです。
キミは本を読んでいたら急に走り出したくなったことはあるかい?
急に走り出したく……?
いや、ねぇよ!
今回は思わず読んだ人間が大草原を裸足で駆け出したくなる本をご紹介しよう!
それってどんな本だよ……
そこで今回は「BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の“走る民族"」について語ってみたいと思うよ。
前回まではこちら
鎮守の森の力とは?という話(*´ω`*)
BORN TO RUN
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衝撃を受けた。
今までの走り方は間違っていたのである。それは現代人に対する警告でもあった。
本書は主に2つの物語で構成されている。
足を痛めた冴えないランナーである著者「私」は、
現代のハイテクシューズに身を包んでいるものの足に強烈な痛みを抱え悩んでいた。
そんなとき史上最強の走る民族「タラウマラ族」は過酷なメキシコの奥地、
人も寄り付かない峻険な死の大地を革でできたサンダルだけで毎日故障することなく走り続けているという。
彼ら一体どんな魔法を使っているのか?
その謎を解明するべく、一人メキシコの銅峡谷(バランカス・デル・コブレ)を訪れ、
謎の白人ランナー、カバーヨ・ブランコに協力を仰いでタラウマラ族の走りの秘密に迫る。
最後にタラウマラ族と世界最速のウルトラランナー、
スコット・ジュレクをはじめとする七人のアメリカ人とともにメキシコの荒野でレースをする話。
もうひとつは、本編の大筋とは別に、各章の間に挟まれるランニングシューズがランナーに及ぼしている悪影響や、人間の身体がもともと走るようにできていることを、バイオメカニクスや人類学など科学的な説明をまじえて解き明かしてくれるパート。
この2つを主に展開されるのだが、読んでいて非常におもしろい。
実話であるからということもあるが、これを読んでいるとランニングをしたくてたまらなくなってくる、この季節ぴったりの本である。
走るために進化した人類
「人間は走るために進化した」本書はそういった言葉を随所に見かける。
「BORN TO RUN」を読んでホントにここまで人間は走ることができるのか?という驚嘆とともに、ここで語られる脅威のエピソードを読んでいると、まるで秋晴れ空の下を汗にまみれながらグングン疾走していくような感覚に包まれる。
そして驚いたことに、人間の限界に挑むウルトラレースには意外な事実が多くあるということだ。
本書で解説を務める日本のトレイルランニングの第一人者である鏑木毅氏の文章を引用してみよう。
それは、レース結果に男女の差が極めて出にくいこと、また他のスポーツではとっくに現役を引退するような年齢であってもトップレベルで走る続けることが可能であるということだ。
男性を軽々と打ち負かすアン・トレイソンや60歳に近い(!)イタリア人のマルコ・オルモが世界最高レベルのウルトラトレイルレースを制覇したことは、このスポーツの知られざる奥深さと、年齢にかかわらず挑戦しようという勇気を与えてくれる。
そう、このウルトラレースでは普通のマラソンより距離が長くなると、年齢や性別を問わず均等にレースを終える完走者が出るという事実である。
つまり距離が長くなると50代・60代のランナーもウルトラレースを完走することがザラにあるというのだw
それならわしも参加してみたい!ヽ(=´▽`=)ノ
そんな話をたくさん読んでいると、ムラムラと心から「走りたい!」と思わせるエネルギーが溢れ、すぐにでもシューズを掴んで近所を走り回りたくなってしまう実にエキサイティングなエピソード満載なのだ!
このようなウルトラトレイルには未だに秘められた可能性がある。
前述の鏑木毅氏は続ける。
日本ではこのように山を走ることは様々な点でまだ理解されていない部分が多いが、この新しいスポーツは大きな可能性を秘めている。
ランナーが数多く訪れれば、地域で使われなくなった古道や廃道になってしまったかつての生活道を再生することにつながるなど、過疎山村の地域振興も期待できる。
そして何より、今まで山を訪れることのなかった人々にも、山はスポーツとして楽しめるひとつのフィールドなのだということを経験してもらえる。
私はこの新しい「山の文化」は地域の人々にもその土地を訪れる人々にも双方に良い影響をもたらし、根づいていくと信じている。
なるほど、確かにこのレースが日本に根付けば、山岳地帯の多い日本のことである、様々な地域が活性化してそれが地域振興の活力になるかもしれない!
過酷なウルトラマラソンのその先に
ではなぜそこまでして走るのか?
最後に本書の中からこの無茶苦茶なウルトラマラソンに参加するとある女の子の言葉を紹介してみよう。
「これはウソっぽくて誰にも話したことないんだけど、ウルトラを走り始めたのはもっといい人間になるためなの。」
と、ジェンは言った。
「100マイルを走れたら、禅の境地に達するんじゃないかと思っていた。ものすごいブッダになって、世界に平和と笑顔をもたらすの、わたしの場合はうまくいってない。相変わらずの役立たずだから。けど、自分がなりたい人間に、もっといい、もっと平和な人間になれるって望みはいつもある」
「長い距離を走っていると」と彼女はつづけた。
「人生で大切なのは、最後まで走りきることだけって気がしてくる。そのときだけは、わたしの頭もずっとこんがらがったりはとかはしていない。なにもかも静まりかえって、あるのは純粋な流れだけになる。わたしと動作をとその動きだけ。それがわたしが愛するもの。ただ野蛮人になって、森を走ることがね」
おもしろい。
確かに長い距離を走れるようになると身体だけではなくメンタルの部分までしっかりと鍛えられて昔の日本の仏教徒みたいに徳の高い人間になれるかもしれない。
わしもそんなレースに参加してみたい(*´∀`*)
「走ることは人にものを買わせるのが目的じゃない。走ることは自由でなきゃいけないのさ」ーカバーヨ・ブランコー